晴れ渡る空が見えますが、同時に陰りもあります

晴れ渡る空が見えますが、同時に陰りもあります

双極診断後から復職して、約一年半が過ぎました。その間、居心地の良い環境を求めて転職を一回しました。今回は、今の私の心のポジションを赤裸々に語りたいと思います。大鬱期は、何もやる気がせず働く気もしなかったのですが、社会保険制度と健康保険を活用し、一年のリハビリを経て2018年4月から働き始めました。給与はかなり下げて臨んだポジションだったのですが、10数名をまとめる管理職でストレスを溜めてしまいました。入社する前はあまり仕事内容、ポジションについて詳細を聞かないようにしていたんですが、この転職で大いに反省いたしました。ぼろぼろになりかけていたのですが、なんとか持続しある程度のパフォーマンスは出せていたかと思います。ただ、これを後何年も続けるのは精神にも肉体にも害を生じるなと考え、復職前に見学に行った会社に応募し内定をいただき今年の四月から新しい環境で働いています。転職前から分かっていたのですが、あまり厳しい環境ではなく、かつ管理職でもないので非常に楽に過ごすことが出来ています。半年も経つと、他のことが出来る余裕も生まれてきました。週末起業までは到達していないですが、近い状態に持っていけたら良いなという取り組みが出来ています。今の会社には感謝しかないですから、なにかしらの成果、成功をストレスなく成し遂げたいとも考えています。さて、この状態になると躁転しているのか?と思えるくらいにオーバードライブ的な感情を持つことがあります。あからさまに他人を軽蔑したり、横柄な態度とる様な想像をしてしまいます。なんとか抑えてはいるのですが、いつ爆発的に感情が溢れだすのか不安でもあります。毎日一夜賢者と神社でお祈りしていますが、これが防波堤になりうるのか。やはり、精神世界の修行も道のりは長いです。折角きた今の道を真正面から受けとめて、さらなる飛躍と精神の安寧を求道していきたい所存です。

私の実体験が、どなたか一人にでも役立てば良いと本ブログを書いています。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

忘却は罪か?で気がついた自分の処世術

忘却は罪なのか?

皆様お久しぶりです。管理人のマイロです。

時が経つにつれて、自分が酷く落ち込んでる状態の感覚を忘れていきます。これは自然なことだと思うのですが、同時に過去から学んでないじゃないか?と自分を疑ってかかります。また再発するのではないかという不安もあります。

気質からかもしれないのですが、こういった自分が怠けているのでは?という感情に支配される場合が多々あったとこれまでの人生振り返るとあります。

学生時代の鬱々とした感情は、中学生から始まったと思います。あの頃不良に殴られ、脅され酷く不安定な感情のまま生活を続けておりました。自分を偽ってなんとか学校も行って塾に行くという、今から考えても疲れる生活を続けておりました。

冷静な思考と本気の取り組みは、負の思考を纏った状態では生まれにくいと思っています。よって、忘却結構。忘れて、その日だけを大事にいきること。これが私の処世術です。

ブログを添削しよう

日本の会社に転職して、はや3ヶ月が過ぎました。東京ですが、中心部とはかなり離れた場所にオフィスがありますので、満員電車で疲弊することもなく、通勤時間も短いです。また残業もありませんので比較的安定した生活を送れているように思います。週末は趣味でDIYをして遊んでます。考えるに、私の今迄の人生の中では、トップクラスに入る安定っぷりが続いております。素晴らしいことで、感謝しております。

ただ気がついたこと、というより再認識したことがあります。苦手な人や、私の意図とそぐわない言動を同僚がすると、その内容が頭の中を不安とともに支配します。

今負荷が少ない環境で働いているのにも関わらず、このような不安障害があるのは、実は昔からであったと再認識しているところです。

この私が抑鬱になる性格気質は、簡単には変えられません。かといって、今までと同じく今の会社で振る舞いを繰り返せば同じことの繰り返しになると思います。

今こそ、この2017年からの大鬱を経て培ってきた思考と知識を活用するべきだと思っています。具体的には、私がこのブログで書いてきた内容を振り返っていきたいと考えています。添削をするイメージ。

添削活動をすることで、思考整理やあらたな気づき、モチベーションの向上といった効果を期待しています。

今日もついてる!